Web戦略を語ろうとする“オールドメディア”の人間は必読
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌といったいわゆる“オールドメディア”の人間がWeb戦略を語ろうとするなら、絶対に読んでおかなければいけない本でした。マシュー・ハインドマン『デジタルエコノミーの罠 なぜ不平等が生まれ、メディアは衰亡するのか』(NTT出版)は、アメリカで2018年9月に出版され、日本では2020年11月に山形浩生さんの翻訳で出版された本。出版されてから4年も読んでいなかったのが本当に恥ずかしく、悔しくなりました。石川県立図書館でたまたま出会えて本当に良かった!今読んでも、まったく古びていない、むしろ今こそみんなが実感を持って読める本なので、未読の方はぜひ!
『 デジタルエコノミーの罠』 マシュー ハインドマン 【出版】 2020-11【頁数】 352 「関心の経済」が生み出す寡占、民主主義の破壊。オンライン経済の幻想と現実を、徹底的に検証する。 |
“空想のインターネット”の夢から覚めるべし
この本のメッセージの中で最も重要で、最も刺さったのは、“実際のインターネット”と“空想のインターネット”を混同して語るのが間違いの元だということ。特に私のようにインターネット黎明期から趣味でWebに入り浸っていて、インターネットが青春だったタイプがヤバいのです。どういうことか?
“空想のインターネット”は、個人で世界に発信できるようになったおかげで、通信と経済生活が民主化された理想郷。ニッチな情報であっても、発信者と受け手がマッチングされて、適切な対価のやり取りも。むしろ、そんな“ロングテール”こそがWebメディアの主戦場。ワンクリックで別のサイトに行けるから、小さなプレイヤーでもいくらでも戦いようがある下克上の世界。市民が自分たちで取材して発信する草の根ジャーナリズムも発展していくに違いない!
そんな風に、みんな昔は信じていました。でも、現実は全然違っていたことに、いい加減気づかなければいけないのです。
“現実のインターネット”は、GoogleやMeta(旧Facebook)のような超巨大資本による寡占が進んだ、規模の経済によって支配されている世界。というのも、Webは“粘着性”、すなわち、ついつい繰り返し見てしまうようにサイトがチューニングされていることが超重要で、その差はべき乗則、すなわち複利でトラフィックに現れてくる修羅の世界。ほんのコンマ数秒の反応速度の違いで、サイトの粘着性が変わってくるので、Googleは凄まじい規模で世界各地にサーバー施設を建設するなどのインフラ投資をしています。さらに、微妙にデザインなどを変えてどちらの方が反応が良いかを確認するA/Bテストを重ねて、少しでも粘着性を高めようとしのぎを削っているけれど、まともにA/Bテストを実施できるシステムを持っているのは超大手のみ。そもそも、既に十分なトラフィックがないことには、A/Bテストが機能しません。ニッチなサイトを細々と運用したところで、経済的に成立するレベルのトラフィックは望めないので、Googleの手の平の上であることを分かった上で踊るのを選ぶしかなくなります。すなわち、強者による囲い込みがどんどん加速する一方の世界。
ですよねぇ…。たちが悪いのは、Googleなどの強者側も、“空想のインターネット”の幻想を上手に活用している点です。例えば、独占禁止法違反を疑われるような場面では、「いえいえ、クリック一つで別のサイトに行けるわけですから、囲い込みなんて成立しませんよね。独占なんてできません。」といった具合に。
地方ニュースサイトなんて誰もまともに見ていない現実
さらには、オールドメディアの中の人も、まだまだ戦えると言い張るために、“空想のインターネット”を前提にした主張をしがちです。代表的な主張は、
「地方ニュースサイトでニュースを見たいという人はいっぱいいるんです。問題は、それがマネタイズできないことだけなんです。」といったもの。
しかし、筆者のマシュー・ハインドマンは容赦ないです。コムスコア社という、アメリカの大規模ウェブ計測会社があるそうで、そこから提供されたデータセットを使って、そのような幻想をぶち壊してしまいます。すなわち、地方ニュースサイトなんて誰もまともに見ていないのです。
地方ニュースサイトが使いがちな指標として、月間観衆到達数(≒月間ユニークビジター数)がありますが、一か月の間に一瞬サイトを開いただけでも計上されるその数字は、売店で新聞の見出しを眺めただけの人を読者として数えるようなものだと喝破します。そして、より実態を反映するような指標でみると、地方ニュースサイトが、ほとんどまともに見られていない現実が浮かび上がってくるのです。
少し違和感を覚えたのは、この時に語られる“地方ニュースサイト”について、マシュー・ハインドマンは、インターネットの発展によって新たに誕生したWeb専業の独立系地方ニュースサイトを想定しているっぽいこと。日本だと、地方新聞社や地方放送局が運営しているものしか想像しない方が多いと思います。マシュー・ハインドマンの語り方としては、「インターネットの発展によって、Web専業の独立系地方ニュースサイトも百花繚乱だと言われてきたけれど、ほとんど死に体で、それなりに機能しているのは地方新聞社や地方放送局と資本関係があるものばかりだよね。」といった感じなのです。日本人の感覚からすると、そりゃそうだろとしか思えないのですが、日本以上にローカルメディアが充実していたアメリカだと、インターネットへの幻想はそこまで膨らんでいたのかもしれません。
たまたま生じた都合のいい結果ばかり公表して歪む知見
また、“引きだし問題(または、お蔵入り問題)”なるものが紹介されていて、耳が痛いです。都合の悪い結果が出た実験はしまいこまれ、たまたま偶然生じた都合のいい結果やセンセーショナルな結果ばかりが公表されることで、全体としての知見が歪む問題をそのように呼ぶそうです。この問題が、オールドメディアのWeb成果報告界隈で頻発するという指摘に、日本のオールドメディア関係者も、みんな思い当たる節だらけかと。
そんな感じで、いろいろズバズバ刺さりまくる本で、もっと早く読めていればと思う一方で、今読めて良かったなと思う部分もあります。
(古き良き時代だけ)Webかじっていた偉い人問題
というのも、「現場を離れて久しいけれど古き良きインターネット時代に少しWebかじっていたから昔取った杵柄が通用すると思っている人」問題について、私自身がリアルに悩んでいるタイミングだったからです。
ちょっと前までは、「Webのことは全然分からなくって」という人ばかりで、それはそれで困っていたのですが、少し時代が進んだことで、まさに“空想のインターネット”をみんなが信じていた古き良き時代に、Web周りもそれなりにうまくやっていたという自負のある偉い人というのが生まれつつあるのです。
とはいえ、現場を離れて久しいわけで、認識がアップデートされておらず、話はなかなか噛み合いません。頭を抱えていたのですが、この本のおかげで、フェーズがどう変わったのかきっちり言語化できるようになって、説明が捗りそうです。
そして、ますます変化が加速する今の時代のスピード感だと、自分自身もあっという間に取り残される側になるなと、猛烈な危機感をもって読むことができました。
状況は大きく変わっている
この本で紹介されている中にも、自分が思っていたのと大きく状況が変わっていると認識を改めなければいけない事例がありました。
例えば、ローカルWebメディアは、地域的にターゲットを絞ったアプローチができるので、広告枠の価値が高いと誇りがちで、私もうっすらイメージを共有していました。でも、そんなアドバンテージはとっくの昔に消え去っているそうです。たしかに考えてみると、アクセス元エリアなんて一番簡単に取得できる属性です。ターゲット広告の技術が進歩した今なら、他のどんなサイトであれ、大手のターゲット広告システムであれば、地域的にターゲットを絞ることは大前提であり、周回遅れもいいところの議論です。
できることをコツコツやるしかない
オールドメディアに対する処方箋としては、とにかくサイトの“粘着性”をあげるため、A/Bテストなり地道な施策をできるところからコツコツ重ねることくらいしか、この本では示されていません。“空想のインターネット”を議論に紛れ込ませる愚を犯さなくなるだけでも、この本から得るものとして十分だと思いますが。
あとは、ちゃんと各国でGoogleなどに独禁法を適用しなさいという指摘が。
何にしろ、インターネットが配信費用を“減らす”のではなくて、“シフト”させるだけであり、シフトした先のGoogleなりが負担しているという事実は、“恵み”ではなくて“呪い”であるという観点を忘れてはいけないなと肝に銘じました。ただ、Google便利なんですよねぇ…、個人的な環境としては、首までどっぷり浸かっています…。
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