ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史』で勤労の美徳の幻から覚める

“労働”を過剰に美化する人や組織とは距離を置くことにしています。そして、時代は確実に“勤労の美徳の幻”から覚める方向に向かっているなと感じています。ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』は、勤労なんてかったるいに決まっているという筆者の大前提があちこちから感じられて感慨深かったです。

『 反穀物の人類史』
ジェームズ・C. スコット

【出版】 2019-12【頁数】 296
豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」はいかにして原始国家に隷属し家畜化されたのか。農業革命への常識を覆し、新たな歴史観を提示。
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タイトルの“反穀物”が分かりにく過ぎるのですが、要は、

「穀物の生産というイノベーションと出会った人類は、そのあまりのすばらしさから、定住して労働集約型の農業に励んで、その集落が大きくなって国家を建設するという道のりを一直線に進化した。」

という多くの人が持っているイメージは、嘘っぱち!
だって、穀物=労働集約型の農業って超大変じゃん!という意味での“反穀物”です。

狩猟採集などで食べていく方が、ずっと楽でずっと健康的な生活ができるのです。決まった土地に労働力を注ぎ込むことで収穫量を最大化するという戦略をとると、その集団の構成員はどんどん不健康になります。

なぜなら、集積された穀物を他の集団から狙われるリスクが跳ね上がり、城壁などを築いた中に密集して住まざるをえなくなって、疫病が蔓延するからです。朝から晩まで働き詰めなのでストレスも半端ないです。農業一本にすべてを投資しているので、食生活も偏りますし、害虫や日照りなど何かしらのトラブルがあったら、あっという間に壊滅です。

では、なぜそれがスタンダードになったのか?穀物は税を取りやすいからです。年に一度、決まった時期に地上にこれ見よがしに実るなんて、徴税官からするとこれ以上ないくらいにありがたい特徴です。地中に実って好きなタイミングで収穫できるイモ類では、脱税しやすいからダメなのです。

あと、完全に定住することで女性は一年中妊娠可能になるし、労働力としての子どものニーズもあり、健康状態が悪くて死亡率は上がっても、出産数はそれ以上に増えるので、人口再生産率はプラスになって、国家にとっては大きなアドバンテージとなります。

ということで、国家によって住民は定住と穀物栽培を強制されるわけです。

しかし、とにかく超大変だから逃げ出す人はいるし、密集して生活しているからマラリアなどの疫病が生まれちゃうし、なんだかんだで国家がちょいちょい崩壊して、狩猟採集やら焼き畑農法やら遊牧やらといった生活スタイルに戻ったりするわけです。でも、それをもって文明が崩壊したわけではなくて、一人一人の住民の幸福度はむしろ上がることも多かったり。ただ、そもそもは徴税の記録のために生み出されたものである“文字”の記録は、そうした国家の崩壊と共に途切れるわけです。そのことをもって後の歴史家が“暗黒時代”と言ったりしてしまうので、国家が無い時期は良くない時期だと思い込んでしまいがちなのです。

我々はついつい物事が一直線に進化したと思いがちですが、紆余曲折しまくりで、変化した先が常に優れているなんてこともまったくなくて、なのに新しかったり、記録が残っていたり、今の自分たちに似ているというだけで優れていると思い込みがちなのを戒める本として読みました。

タイトルの煮詰め足りなさから分かる通り、決して読み易い本ではないのですが、世界や歴史の見方に新しい角度を与えてくれるおもしろい本でした。

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