安高啓明『踏絵を踏んだキリシタン』で踏絵が“行政手続き”だったと知る

踏絵は長崎の年中行事と化していた!?

江戸中期以降の隠れキリシタンは踏絵を普通に踏んでいた!ていうか踏絵は長崎の年中行事と化していて、正月4日から各町をまわってやるものだったので、お正月の浮かれ具合も相まって、遊女のみなさんが踏絵する日ともなれば見物人もめっちゃ集まって、もちろん物売りも集まって、いくらなんでも空気読めとお上がお触れを出したり。

なんてことがまとめられた安高啓明『踏絵を踏んだキリシタン』(吉川弘文館)を読みました。何かと悲劇的文脈で語られてきた踏絵観に一石を投じる意欲作とあって、これは読まねばなるまいと。

『 踏絵を踏んだキリシタン』
安高啓明

【出版】 2018-07【頁数】 268
キリスト教信者摘発のための絵踏は、なぜ形骸化したのか。九州諸藩が抱える事情や作法、踏絵素材の変更などを解明。信者でないことを証明する手段への変容過程を探り、悲劇的文脈で語られてきた絵踏観に一石を投じる。
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踏絵を普通に踏んでいた隠れキリシタン

当初の踏絵は、キリシタンから没収したメダルなどの信仰物を板にはめ込んでいたので、隠れキリシタンの摘発に有効だったけれど、手当たり次第に踏ませるとなると耐久性の問題が出てくるので、1669年に長崎の鋳物師に命じて真鍮製の踏絵を作らせたのだそうです。それってまがい物なので、隠れキリシタンも普通に踏んで、江戸時代を通じて信仰を守り続けたわけです。大政奉還直前の1867年に、長崎の浦上で数千人の隠れキリシタンが一斉検挙されています。踏絵は1858年に廃止されるまで行われていたので、その一斉検挙された彼らの多くは、踏絵を普通に踏んでやり過ごしていたはずなのです。

「踏絵を踏んでいたけど実はキリシタンだった事例がありました」とは、史料にあまり明確に書かれていないそうです。というのも、“踏絵を踏んだ=非キリシタン”という証明が成立していないとなると、それが成立することを前提として制度設計している行政側としても色々と都合が悪いので、当時の行政文書上ではそのあたりを徹底的にごまかしているわけです。例えるならば、“ワクチン接種済み=絶対に感染しない”という証明が成立すると決めつけて制度設計してしまった社会があったとしたら、ワクチン接種済みなのに感染したブレイクスルー感染者がいても、徹底的にごまかされるだろう的なことです。

行政手続きとしてのつじつま合わせ“心得違い”

実際に、1805年に天草で住民の半分近くが隠れキリシタンの疑いで検挙されたものの、彼らは踏絵をしていたので、キリシタンとしての罪状ではなく“心得違い”として罰するしかなかったなんて事例も紹介されています。なので、隠れキリシタンが普通に踏絵を踏んでいたという直接的な史料は示せないけれど、状況証拠はめっちゃあるよというわけです。

そして、行政手続きとしての踏絵のことを考えると、住民全員が踏絵を踏んだかどうかをきちんと確かめるなんて、とんでもないコストなわけです。接種率100%を求められるワクチン接種を定期的にやれと言っているようなものです。にも関わらず、件の真鍮製の踏絵は20枚しか作ってなくて長崎奉行所が管理していた。そうなってくると、踏絵を大量に作って手分けしてやるのが効率が良いように思われます。実際、豊後国の岡藩は、長崎奉行所から踏絵を借りて、それを複製します。すると、長崎奉行所は「勝手なことするな!そういうもん作る時は老中に話し通さなきゃいけないし!」みたいな文句をつけて岡藩は平謝り。長崎奉行所のある種の既得権益として踏絵が使われていたわけです。あと、島がたくさんあって大変だから踏絵をたくさん貸してといってきた五島列島の福江藩が、うっかり1枚失くしちゃったり。平家の落人の集落と言われる五家荘まで踏絵やらせにいくのがめっちゃ大変という紀行文が残っていたり。新型コロナワクチン輸送の苦労と重なって本当に興味深いです。

こういう行政手続きが陥りがちな自己目的化の罠であったり、よりによって大政奉還の直前に隠れキリシタン大量摘発しちゃって、その処理を引き継いだ明治政府の欧米との不平等条約改正交渉との折り合いのつけ方とか、現代にそのまま通じる教訓となる事例がたくさんで本当に興味深かったです。著者の安高啓明先生の研究対象のひとつが近世の司法制度ということもあり、罪刑法定主義や判例主義の視点が強くて、法学部出身としてはそのあたりも面白かったです。江戸時代って、ちゃんとしていたんだなと。安高先生の他の著作であるところの『近世長崎司法制度の研究』『新釈犯科帳』とか、タイトルからして面白いに決まっているというか、時代劇マンガやドラマの原作になり得るよななんて思います。時代劇版『リーガル・ハイ』とかめっちゃ見たい。

興味深いエピソードがたくさん

その他、面白かったエピソード。

  • 長崎くんちに町民が強制参加させられたのは、神道行事に参加させることによる、ある種の踏絵的な意味があった。
  • ベトナム人漂流者が日本に流れ着いて帰国した記録に、「なにやら人形が刻んである銅板踏まされた」とある。
  • 隠れキリシタンがカモフラで仏式の葬式をあげる時に仏教の経文の効力を消す“経消(きょうけし)”なる作法をやっていたのが発覚。
  • 明治7年、お雇い外国人のフランス人が帰国にあたって、キリスト像を模写し国民に土足で踏ませていた珍奇の品“踏絵”をお土産に買っていきたいと要請してきて困った。
  • そんな需要やら国内でのキリシタンブームもあって、テキトーに作った踏絵やら観音像に十字架刻んだものといった偽物が結構な量出回った。
  • 『沈黙』に“イノウエ”として登場する井上政重は、1640年にキリシタンの取り締まりを任命され、平戸ではオランダ商館の倉庫に刻まれた“西暦”を問題視し、倉庫の破壊とオランダ商館の出島移転を命じた。(言われてみれば西暦ってキリスト生誕を起点にしているからキリスト教的なもの。)

歴史の細かいディティールを学ぶと、現代社会にもそのまんま重なることがたくさんあって、本当に面白いですね。

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