高見浩輔『パウエルFRB 迷走の代償』で“経済の専門家”がなんぼのものか知る

“経済の専門家”とのちょうどいい向き合い方を知りたい

「経済の専門家?なんぼのもんじゃい!?」とうっすら思いながら生きているのは私だけじゃないと思うのです。かと言って、侮ると手痛いしっぺ返しをくらいそうで。だから、“経済の専門家”というものを過大評価も過小評価もしたくなくて、ちょうどいい向き合い方を知りたいのです。

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【出版】
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そういうニーズにぴったり応えてくれる本と出会えました。石川県立図書館をぶらぶら歩いていて出会えた本。日本経済新聞出版の『パウエルFRB 迷走の代償』は、サクッと読めてとても良かったです。別に、FRB(連邦準備制度理事会)パウエル議長をこき下ろす感じでもない、ちょうどいい湯加減の誠実な本で、タイトルだけ少しあおり気味にしてある感じ。私も、図書館で本を眺めている中で、まんまとこのタイトルに釣られたわけですが…。

筆者の高見浩輔さんは、日本経済新聞ワシントン支局主席特派員で、私と同年代の40代半ば。物事の整理の仕方が、私の生理と合っていて、読んでいて気持ち良かったです。例えば、「中央銀行による金融緩和はサプライズを重視し、金融引き締めはいかにショックを生まないかに腐心する」みたいな大原則を分かりやすく示してくれて、そうした大原則と、実際の対応がどのように違ったのか?みたいな論理展開をしてくれるのが最高です。

通説だけど異論も少なからず

そうした論理展開の中で、そもそも大原則とされているものも、あくまで通説に過ぎなくて、異論もいっぱいあるみたいな話を自然と盛り込んでくれます。だから、私のような門外漢が感じる「経済の常識?なんぼのもんじゃい!?」みたいな感覚の落としどころを自分の中で判断できるようになって、すごくスッキリしました。

たとえば、いわゆるアベノミクスのニュースなどで、日銀の黒田前総裁がたびたび口にしていた“インフレターゲット(物価安定目標)=消費者物価の前年比上昇率2%を目指す”というあれも、なんで2%なんだろう?とずっともやもやしながら聞いていました。あれは、もやもやするのが正しくて、2%が世界標準だけど、これが正しいかどうかは極めて難しい問題であることを、きっちりと書いてくれているのです。めっちゃスッキリ!

中央銀行の役割とは?

一番の収穫は、FRBや日本銀行など中央銀行の役割について、かなり解像度を上げられたことです。要するに、国の経済の温度調整係なんですね。経済が冷え込んでしまうと、失業者が町に溢れてしまうから、金融緩和をして温度を上げようと頑張る。一方で、経済が過熱してしまうと、物価が上がり過ぎて、これまた困るので、金融引き締めをして温度を少し下げようと頑張るわけです。

こういうのは空気の問題が大きいので、温度を上げようと金融緩和する時は、サプライズでみんなのテンションを上げようとするのが大原則。温度を下げようと金融引き締めをする時は、要は冷や水をぶっかけるわけで、心臓麻痺にならないように、いかにショックを生まないようにするかが大原則なわけです。分かり易い!

そういう空気の問題だからこそ、世間の空気をコントロールすることが超大事で、FRBのプレスリリースは、記者を誘導しようとする巧妙さを筆者は感じるそうです。思わず見出しにしたくなる妙に分かり易いフレーズがあったりとか。あと、微妙なニュアンスが大切だから、それを象徴する、どれくらいの理事が賛成したのか?みたいなことの表現も慎重なんだそうです。

a few < several < some / several < many < most / majority < almost all < all

という順に割合が表現されるのが一般的で、そんな中でも微妙なニュアンスが大切だからと、「severalよりsomeの方が多いという意図で使っている」とわざわざ注釈をつけることもあるとのこと。

そんな中で、本のタイトルの『迷走の代償』が何を指しているかと言うと、金融引き締めのタイミングが遅すぎたから、今のアメリカの物価高騰につながっているという件なわけです。

ただ、金融引き締めは、経済に冷や水をぶっかけるのですから、基本的にはめちゃくちゃ嫌がられます。特に、選挙前の政権とかは嫌がるわけで。そのためにも、中央銀行には独立性が求められるのですが、それに役立っているのが、理事の任期が14年もあることだという説明は、目からうろこでした。アメリカのように二大政党制で、適度に政権交代が起きる状況であれば、上院の助言と同意に基づいて大統領に任命される理事は、いろんな政権によって任命された人が自然と混じるようになるんですね。

パウエル議長は“いい人”だからこそ…

パウエル議長の人物評としては、根回しを欠かさない、めっちゃいい人ということが、一貫して語られています。だからこそ、冷や水ぶっかけるのが遅れるわけです。私自身も、最近、リーダーシップについて考えさせられることが多く、嫌われ役の重要性について改めて考えさせられる本としても非常に良かったです。

そんなこんなで政権から独立していても、金融引き締めに踏み切るのは大変なわけですが、難しい理由がほかにもあるのです。FRBには、日銀にはない“雇用の最大化”という役割も課されているのです。ますますもって経済に冷や水をぶっかけるのはためらわれるというものです。大恐慌が大量の失業を生み出した反省から、戦後に新たに加えられた役割です。この役割は、やはりなくすべきだという論者もいるとのこと。このあたりの説明も、とても分かり易かったです。

読みどころが他にもたくさん

もうひとつ、私がずっともやもやしていたのが、中央銀行が金融緩和したところで、市中の銀行は、いつも変わらずきちんと与信調査して融資するはずで、市中に出回るお金の量って、言うほど増えるものなの?という疑問です。これに対しても分かり易い説明がされていて、“貸し手の倫理観”問題というのだそうです。それを端的に表したシティグループのチャールズ・プリンスCEOの言葉が、「音楽が鳴っている間は踊り続けなければならない」。中央銀行が金融緩和を続ける限り、貸し手が過剰なリスクをとる動きは必ず生まれることを表現していて、結局は雰囲気で動いているに過ぎない部分が大きいのねと、スッキリ!

そのほか、日経記者である筆者の視点からの新聞記者仲間たちの日米比較も大変興味深かったです。アメリカの新聞記者は、転職が多いから、頻繁にテレビに出て顔と名前を売るらしいです。これが、結果的に記者会見を高めることにつながっている面もあると筆者は見ているとのこと。また、記者の色が担当分野によって変わるのは日米変わらず、ホワイトハウス担当は明らかに上昇志向が強いらしいです。

ということで、『パウエルFRB 迷走の代償』と、タイトルはあおり気味ですが、中央銀行の役割と難しさを近年の実例に即してバランスよくまとめてあって、“経済の専門家”の解像度を上げたい人にはおすすめの本でした。

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