“論戦”をむやみに見かけるようになったSNS時代ですが、だからこそ逆に“まともな論戦”はめったに見かけなくなってしまったSNS時代。そんな時代に、“まともな論戦”をガチで仕掛ける姿に震えるな、この人はペンの力を信じているのだなと、姿勢を正して読まざるを得ないのが 下山 進『がん征服』新潮社でした。
『 がん征服』 下山進 【出版】 2024-06-17 平均余命15カ月。手術や抗がん剤、放射線では治せない「最凶のがん」に3つの最新治療法が挑む。迫真の医療ノンフィクション! |
もっとも難しいがんと言われる脳腫瘍のグレード4「膠芽腫」について調査していたら、
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期待が膨らむ最新の治療法が3つ浮かび上がってきて徹底的に取材してみた、
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そのうちの1つについては条件付きとはいえ保険適用される状態にまでこぎつけて様々なメディアで華々しく紹介されているけれど、
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その承認過程や現状にいろんな疑念が浮かんだから詳しく聞かせてもらえるとありがたいんですけど!
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なんで“まともな論戦”に応じてもらえないんですか?←今ココ、
という本です。
ペンの力を信じたい私はしびれました。ただ、“まともな論戦”だからこそ、“バズって相手が大炎上”という、最近の“論戦”あるある状態になるわけでもないんだろうなと少しじれったく思っている自分がいるのを発見。時代を席巻している“単純化された世直し論戦ごっこ”の爽快感に自分も毒されているな、いけない、いけないと反省した次第です。
医療に関する論戦であれば、学会なりのしかるべき場所で専門家同士やれば良さそうなものですが、そうはいかない事情も、ていねいに描かれています。実は、専門家として既にしっかりと疑念を呈している方がいたのですが、いわゆる“官邸主導”の圧力ではばまれてしまったように見えるのです。様々な専門家たちが、そんな中で何とか自分の疑念の爪痕を残した記録が掘り起こされていきます。
“官邸主導”の手法には、世の常として良い面と悪い面があります。この本が迫っている“官邸主導”の内容は、「再生医療」を日本の基幹産業として盛り上げるべく、特定の分野の医薬品の承認について規制緩和する仕組みを軌道に乗せようと官邸が動き回っているというもの。この動きには、医薬品開発がスピードアップする可能性が高まるという良い面もあれば、効能が基準を満たさない医薬品を承認してしまったり、薬害を引き起こしてしまったりするリスクが高まるという悪い面もあるわけです。
下山進さんは、この本で、東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授が研究を進めている脳腫瘍ウイルス療法について、“官邸主導”の悪い面が強く出ていて、日本医学界内での軌道修正は厳しいように感じたからジャーナリストの出番だと、疑念を本にまとめてお返事待っていますと、“まともな論戦”を仕掛けているのです。誰かが不正に巨万の富を得ているとかいう単純な話ではない、なかなかに専門的で複雑な話なので、この本をきっかけにワイドショーが不正を糾弾するというような展開は想像し辛い気がしています。“官邸主導”の横車を押して逃れていた、専門家を中心とした“まともな論戦”の舞台に引き戻されて、しかるべき本来の手続きを粛々と進めていくことになるのかなと想像しています。
そんなことを考えていると、ホリエモンが筆者の下山進さんと対談をした動画がアップされて、私とまったく同じ感想を抱いていました。「誰も儲かっていない。」とホリエモンは喝破していて、この分かりやすさはさすがです。本を読んでから動画を見ると、すごく深いレベルで話をしていて、おそらく本を読んでいない人は完全に取り残されるレベルで、これができるのがYouTubeの強さだよなと感じました。
この本の大きな役割がもう一つあって、この本が紹介する3つの最新療法のうち、ここまで語ってきたウイルス療法とはまた別の「光免疫療法」は、それなりに有望で、ただし「光免疫療法」は商標を獲得できていないので、まったく違うあやしげな療法を「光免疫療法」と喧伝しているクリニックも山ほどあるという状況を、きちんと理解してもらうことです。
私は字面から判断して、てっきり全部あやしげな療法だと思っていました。しかし、この本を読んで、京都大学出身の小林久隆医師が研究を進める「光免疫療法」は、猛烈に興味深い治療法だと納得。がんを光らせて画像診断に役立つのではないかと研究を進めていた蛍光物質が、ねらい通りがん細胞と選択的に結びつくものの、光が弱くて使い物にならないと思っていたら、近赤外線を照射すると蛍光物質の形がクイッと曲がってしまう、つまり、結びついていた細胞膜をプチッとしてしまう、すなわち、がん細胞を物理的に破壊してしまうことが分かった!という展開には、猛烈にワクワクしました。「光」はそういうメカニズムのことで、もう一つの要素である「免疫」については、なかなか香ばしい使われ方をすることが多いので要注意の用語ですが、この本の説明を読んで、なるほどありうるかもとは納得しました。
これから年齢を重ねていくと、「がん」はますます身近な存在になっていきます。そして、当事者になってしまうと、情報を冷静にインプットすることが極めて難しくなります。そうなる前に、普段からがん研究の最前線に触れておくことは、いつかの自分が納得できる判断をできるようするため、とても大切なことです。最新のがん研究の光と影の両方を誠実に描いてくれる貴重な本で、本当にありがたいなと思いました。
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