父親のDNAが胎児を通して母親の体内に入り込み、何らかの作用を母親の肉体に及ぼしていることが最近分かってきたそうです。それって夫ウイルスが妻を蝕んでいるってことでは!?
この話を出産経験のある女性にすると、怪談を聞いてしまったように恐怖に震えるので、今の暑い季節におすすめかもしれません。
『 胎児のはなし』 増﨑英明 最相葉月 【出版】 2019 超音波診断によって「胎児が見える」ように―。新時代の産婦人科界を牽引した「先生」に、生徒サイショーが妊娠・出産の全てを訊く。 |
『胎児のはなし』という、とても読みやすくて面白い本で知りました。著者の増﨑英明先生は、佐賀県伊万里市生まれ→ラ・サール高校→長崎大学医学部という、長崎出身の私にはとても身近に感じられる経歴の方。超一流ノンフィクション作家の最相葉月さんによるインタビュー形式で書かれています。非常に繊細な問題であるところの、出生前診断や、中絶、高齢出産のリスク、宗教といった問題についても、答えたがらない増﨑さんを最相さんが問い詰めて、ていねいな前置きをした上であくまで個人的な見解であることを念押ししながら増﨑さん的にギリギリの範囲で答えるという技ありな本。このあたりの繊細な問題について、第一線の医師の正直な踏み込んだ見解に触れられる機会はとても貴重です。
この本を読んで初めて、胎児の出生前診断の物理的なハードルが一気に下がった理由を理解しました。
出生前診断をするためには胎児のDNAが必要です。以前は、子宮内の胎児に何とか直接アクセスしてDNAを採取していたので、物理的に猛烈に大変だったのです。
ところが、胎児のDNAがなぜか母体に入り込んでいることが発見されて、状況が一変しました。胎児と母親はあくまで別の個体なので、胎盤を通じて酸素や栄養分だけをやりとりしていると思われていたのに、なぜか胎児のDNAが母体に入り込んでしまっていることが判明したのです。つまり、母親の血液検査をするだけで、そこに漂う胎児のDNAを調べられることが分かって、出生前診断が物理的に猛烈に簡単になったわけです。
そして、胎児のDNAの半分は父親のものです。それって、よくよく考えると、父親由来のDNAも、胎児のDNAの一部として、母親の体内に入り込んでいるわけです。母体に入り込んだ父親由来のDNAは、必ずしもおとなしく漂っているだけではないようで、膠原病の一種である強皮病の女性患者の患部からY染色体が検出され、みんな男児出産経験があったことから、これって夫由来のDNAが何らかの役割を果たしているのではないかと研究を進めているとのこと。
また、子どもは母乳で育つべきだと強烈に主張する母乳原理主義者に辟易していた私からすると、増﨑先生が同じ思いを抱えていらっしゃることが分かって、大変心強く感じられました。というか、私なんかとは比べものにならないくらい、母乳原理主義者への怒りが溢れていました。
母乳経由でウイルスが受け継がれることが原因の白血病の一種があるのだそうです。そのウイルスの検査をしてキャリアだったお母さんに授乳を諦めてもらうという取り組みを長崎でこつこつと続け、長崎県はこの病気の割合を大幅に下げたという実績があるとのこと。下手に伝えると離婚の原因になりかねないので、母親本人にだけ事実を伝えて取り組みを進めていたそうです。その取り組みを進めるにあたって、母乳原理主義者の余計な言葉がどれほど憎らしかったことか、察するに余りあります。
「あら、母乳じゃないの?赤ちゃんかわいそう!」なんて余計なお世話が日本から消えてなくなりますように!
その他にも、人類の単為生殖の可能性など、とにかく全編に渡って猛烈に興味深い本で、とにかく読みやすいので、ぜひ広く読んでほしい本でした。
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