朝ドラ『虎に翼』を補助線に『TIGER & BUNNY』を読み解く

朝ドラ『虎に翼』の脚本家である吉田恵里香さんは、アニメ『TIGER & BUNNY』シリーズの脚本も一部手掛けています。私は両方の作品の熱烈なファンです。『TIGER & BUNNY』第2シーズンの方向性について、私は大好きだけれど、第1シーズンからのファンの中には複雑な思いで見ている人もいる部分があります。その部分の解像度が、『虎に翼』を補助線とすることで、ぐっと上げられるように感じたので、私なりの考えをまとめたいと思います。ネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。

『TIGER & BUNNY』を貫くテーマ“衰え”と“世代交代”

『TIGER & BUNNY』を貫くいくつかの大テーマの中に、“衰え”と“世代交代”があります。みんなの憧れである初代ヒーロー・Mr.レジェンドですが、実は能力の減退に苦しんでいたことが明かされます。その減退を隠しながら、レジェンドヒーローとしてふるまい続けたことが、様々な悲劇の連鎖を生むのです。また、主人公のワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹も、寄る年波に抗ってヒーローを続けていたところに、新世代のヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.が現れてバディを組むことに。そして、虎徹はとうとう決定的な能力の減退に見舞われることになり…というのが、第1シーズンの大きな流れでした。

第1シーズンから11年の時を経て公開された第2シーズンでは、虎徹だけでなくバーナビーまでもが“衰え”に苦しむ展開となり、私も本当に驚きました。ロートルオジサンヒーローである虎徹との対比鮮やかに、バーナビーはいつまでも華やかなルーキーとして描かれる存在だと思っていたからです。

SNSを見ていると、この残酷過ぎる展開に戸惑うファンの声も少なくありませんでした。ただ、今でこそ女性ファンが圧倒的に多い『TIGER & BUNNY』ですが、当初は頑張るオジサンへの応援歌的なコンセプトだったと記憶しています。企業広告を背負って戦うサラリーマンヒーローという触れ込みでした。だから、オジサン層と切っても切り離せない“衰え”と“世代交代”がテーマになることは、企画当初から大きな柱だったと思われます。

また、30代で第1シーズンを見ていた私は、11年経った第2シーズン公開時には、まさにオジサンとなり、『TIGER&BUNNY 2』でますます色濃く描かれた“衰え”と“世代交代”というテーマが刺さりまくったのでした。これぞ私のためのアニメだと感じてつづった長文が↓こちらです。

『虎に翼』第14週のテーマも“衰え”と“世代交代”

一方の朝ドラ『虎に翼』ですが、『TIGER & BUNNY』で虎徹を演じる平田広明さんが『虎に翼』に裁判官として出演したり、『TIGER & BUNNY』のエピソードタイトルが全部慣用句だったのと同じように『虎に翼』の週タイトルも全部慣用句だったりと、二つの作品のつながりが深いことが示されています。何といっても“虎”つながりですし。

そんな朝ドラ『虎に翼』第14週『女房百日 馬二十日?』のテーマもまた、“衰え”と“世代交代”でした。繰り返されたキーワードが、“出涸らし”です。初代最高裁判所長官の星朋彦は、法曹界トップの地位にあるにも関わらず大変謙虚で、自分のことをことあるごとに“出涸らし”と表現します。そして、主人公・寅子の恩師である法学者・穂高重親に最高裁判所判事になってもらおうと、次のように口説くのです。

分かりますよ。もう自分は人生を頑張りつくした。時代も変わった、役目を終えた。いわば出涸らしだ。でもね先生。出涸らしにだからこそできる役目や、若い奴らに残せることがあるんじゃないかい?

“老害”or“出涸らし”の二択

そんな星長官は、大正時代に書いた『日常生活と民法』という本を、戦後の新しい民法に合わせて改稿する作業を、寅子にも手伝ってもらいながら、死の間際まで続けます。そして、その改稿版の前書きとして、次のようにつづるのです。

今次の戦争で日本は敗れ、国の立て直しを迫られ、民法も改定されました。
私たちの現実の生活より進んだ所のものを取り入れて規定していますから、これが国民に馴染むまで相当の工夫や努力と日時を要するでしょう。
人が作ったものです。古くなるでしょう、間違いもあるでしょう。私はこの民法が早く国民に馴染み、新しく正しいものに変わっていくことを望みます。

旧民法に象徴されるような家父長制の呪縛は、新民法に改められてなお、女性や子どもなどの弱い立場の人を苦しめ続けます。この週は、尊属殺重罰規定という、要は上の世代が無条件に尊重されるべきという刑法の問題も描かれました。そうした、いわば旧時代の亡霊たちは、しぶとい老害だから、みんなで粘り強く引導を渡して葬り去るべきだと、老いた法学者が語るわけです。しかも、そうやって老害を葬り去っているうちに、昔は新しい側だった法律や人も、もはや古くなっているという宿命まで、さらりと書き込んでいます。

星長官の覚悟は、穏やかな語り口で隠されていますが、実はなかなかに苛烈です。要するに、年寄りには老害 or 出涸らしの二択しかなくて、だったらせめて、分をわきまえた出涸らしであるべし、しかもこれは逃れられない順番制で、空に唾を吐く因果であると弁えよと、悲痛な覚悟を語っていると思うのです。

そんな部分まで主題歌『さよーならまたいつか』に盛り込んでいる米津玄師の凄みたるや!

口の中はたと血が滲んで 空に唾を吐く

吐かれる唾から逃げようとした穂高先生

この週の『虎に翼』の放送は、寅子の花束拒絶事件が、SNSを中心に大変な論争を生みます。穂高先生の退任記念祝賀会で花束を渡す役割を仰せつかった寅子は、土壇場でそれを放り投げてしまい、穂高先生に大恥をかかせてしまうのです。実は、私も最初は呑み込めませんでした。

ただ、その後、いろんな方の考察を読んだり、何より、翌日の放送で、穂高先生が寅子に謝りに来たことで、要は、穂高先生は寅子たちの世代から唾を吐かれる役割から逃げようとしたことが、寅子には許せなかったんだろうなと理解するに至りました。

電子書籍として売られているシナリオ集を購入して読んでみると、脚本段階では、穂高先生がスピーチの中で、もっと直接的に寅子に許しを請う描写が入っていました。まさに、吐かれる唾から逃げようとしていて、この部分がカットされていなかったら、もっと分かり易かったかもしれません。

穂高先生は、上の世代は無条件に尊重されるべしとする尊属殺重罰規定は違憲の立場なわけで、恩師だからと無条件では尊重しない寅子の態度は、むしろ弟子として極めて正しいのです。とは言え、穂高先生もイラッとはしていたはずで、空に吐いた唾が自分に降りかかってくる順番が、いつか寅子にも巡ってくるのだよと、最後に釘を刺します。

そして、その順番はびっくりするくらい早く巡ってきます。翌週の第15週『女房は山の神百石の位?』で、寅子は自分が吐いた唾でびっちょびちょになるのでした。

TIGER&BUNNYは出涸らしバディヒーローに

『虎に翼』が、ここまで“衰え”と“世代交代”にこだわっていることから見るに、脚本家の吉田恵里香さんにとって、相当に大切なテーマなのでしょう。大変だろうなと思うのが、超若手として『TIGER & BUNNY』第1シーズンに参加した時は、唾を吐きまくるターンの世代だったわけで、そこから10年以上の月日が流れて、朝ドラの脚本家にまで登り詰めてしまい、ここでこのテーマを投げ出すと、穂高先生みたいで超ダサいという問題です。逃げるわけにはいきません。

一方で、根強いことで定評のある第1シーズンからのタイバニファンのみなさんも、私と同じように年を重ねて“衰え”と“世代交代”直撃世代になっている人が多いわけで、ヒーローの“衰え”と“世代交代”を正面から描いて受け入れてもらえる作品として、『TIGER & BUNNY 2』は最高の舞台だったと思います。とは言え、ヒーローにはいつまでも輝いていて欲しいという気持ちもよく分かります。今は上手に飲み込めなかったみなさんには、ぜひ何年か経ってから、再び触れてみてほしいと思います。みんな、いつかは“衰え”と“世代交代”の波にさらされます。そういう人に寄り添ってくれるアニメが一つくらいあっても良いと思うのです。

そして、私もまさに“衰え”と“世代交代”の波にさらされている当事者だからこそ、頑張り尽くした後に出涸らしとなった自分を受け入れつつ、時には唾を吐かれながら次の世代のためにもうひと頑張りするという境地に至る難しさに頭を抱えてしまいます。もちろん、まだまだ私は頑張り尽くす前の段階ではあると思うものの、様々な衰えは日々自分の肉体から突き付けられています。そんな時に、虎徹さんが出涸らしとしての自分を素直に受け入れていることと、それでも諦めないこと、その上で老害にならないよう振る舞っている様子は、本当に良いロールモデルだなと感じるのです。

『TIGER & BUNNY 2』のファンミーティングが開催された際に、司会者がワイルドタイガーのことを「正義の壊し屋」と言うべきところを、「正義の肥やし屋」と言い間違えてしまう一幕がありました。ただ、次の世代の肥やしとなることを自然と受け入れているワイルドタイガーは、「正義の肥やし屋」でもあるのかもしれません。

『TIGER & BUNNY 2』で描かれた時点では、まだバーナビーの方は、出涸らしの境地に至ってはいません。ただ、横に虎徹さんがいれば、頑張り尽くした後に、いつか正しく出涸らしになれると思います。私も、妻と四十肩の辛さを共有できるのが、これほどありがたいことだとは、なってみるまで思ってもみませんでした。“衰え”もいっしょに分かち合えるのが、バディーなのです。

そして、朝ドラ『虎に翼』は、あまりにもテンポよくすさまじい密度で展開するので感覚がおかしくなっていますが、まだまだ折り返し地点を過ぎたばかりです。きっと、寅子が良い出涸らしになるところまで描き切ってくれると信じています。私は石川県に住んでいることもあって、元日の地震から本当に大変で、この三か月は、毎朝『虎に翼』が楽しみだから、何とか乗り切れたと感じています。

ありがとう!そして、ありがとう!

『さよーならまたいつか』MVのロケ地はシュテルンビルト?

平日は毎朝、主題歌である『さよーならまたいつか』を欠かさず聴いていることになるわけですが、毎日聴いていても、日々新たな発見があって、本当にすごい曲だと思います。

そんな『さよーならまたいつか』のMVを初めて見たときは、イメージしていたしっとりした世界観と全く違って驚きました。ただ、ここにつづったようにいろいろと考えた今、改めて見てみると、ロケ地は『TIGER & BUNNY』の舞台であるシュテルンビルトに見えてきます。

さすがにこれは私だけだと思いますが、米津玄師がバーナビーも愛用する真っ赤なセットアップを着て、See Ya!からのピース!をしているようにも見えて。

そして、空を駆けるワイルドタイガーを指さして歌うのです。

貫け 狙い定め 蓋し虎へ どこまでもゆけ

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